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2010年12月28日

#エースの大ブレーキ

長野で週末を過ごしたため、今年の高校駅伝は翌日に録画でみました
(携帯のテレビで音声なしの中継を途切れ途切れにはみていましたが、、、)

先にネットで 区間記録・順位をみていたので、かなりショックだったのが、上野工 エース 中村匠吾選手
今年の3年生トップ選手の一人で、1区で 須磨学園 西池選手に真っ向勝負できる選手と楽しみしていましたから。

まさかの 区間44位 と 先頭の西池選手から遅れること 2分43秒という成績だった

録画をみて、故障を抱えての出走だったと知りました。
スタート直後から 故障の程が分かる走りで、序盤から苦しい展開を強いられました。

レース前は もう少し走れると思える判断だったのでしょうか?
最長区間を任せられる選手が他にいなかったのでしょうか?
確かに チームにとっての大エースの中村選手ですから、欠場とした場合の影響は大だったでしょうが、ならば他区間で凌ぐという選択はなかったのでしょうか?

いろいろ疑問が残りますが、
レース後のレポによると、中村選手自身もメンバーからはずれることを覚悟する状態だったが、チームの希望もあり、中村選手エースに1区を託す結論となったようです。

上野工は 1区で出遅れたものの、後続のチームメイトがそれぞれにエース中村選手の走りをカバーし、23位まで順位を上げてのゴールでした。

中村選手をはじめ 上野工関係者には 後悔の残る大会となってしまったが、中村選手には 故障が悪化しないようしっかりと治療と休養をとって 大学で活躍する姿をみせて欲しいと思う。
来年から伊賀白鳳高として出場する 後輩達には是非 リベンジをしてもらいたい。

中村選手は昨年(1区)も体調不良で 中盤以降遅れた都大路でした。
今年は絶好調&大きく成長した1年だっただけにその集大成をみることができず本当に残念でした。

早いだけじゃない、強いだけじゃない、安定していて、ここ一番で外さない、チームを救ってくれるのがエース
それでも、エースであっても 100%なんて有り得ない、、、と改めて思わせる大会でした。

そういえば、過去の箱根ダイジェスト動画をみていて、思い出したエースのブレーキがありました。

69回大会の順天堂大(50秒付近)
エース 本川一美選手が2区でまさかの大ブレーキ

本川選手は1年から エース区間の2区を託され、1年時区間6位、2年時は区間トップ
特に2年次の本川選手は 山梨学院大留学生ランナー オツオリ選手を一気に抜き去り順大をトップに押し上げる快走をみせた 順大のエースでした。
ところが、 翌年の69回大会は 前年のようなキレのある走りが陰を潜め、区間最下位

屈辱的だったのは、戸塚中継所で繰上げスタートを許してしまったことだったのではないでしょうか?
前年の区間賞から一転の悪夢としかいえない結果でした。

その翌年 再度2区を託された本川選手は 区間2位と好走見事リベンジを果たしました

ここ数年は 往路での繰上げスタートをみることはないが、過去の記録を紐解くと少なからずある。
一番早い繰上げスタートは 最初の鶴見中継所2区への襷リレーだったのが1回
第45回大会(1969年)のこと

戸塚中継所(3区)での襷リレーも10校以上あった
往路第1,2中継所は トップ差10分以上で繰上げ(それ以外は20分)となるため、序盤の大ブレーキは命取りになりかねない。

いよいよ箱根駅伝まで 1週間を切った。

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