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2011年1月 9日

#4分の3の明暗は3秒差

早稲田大学が18年振りの優勝のゴールテープを切ってから  分後
7位までの大学がゴールを終え 8位の大学を待っていた

直線コースに見えて来たのは 4大学の集団
来年のシード権は 10位までの大学に与えられる

つまり この4校のうち3校までがシード、、、
1校は 予選会に回らなくてはならないという非情なルールだ

ゴールまであと400M
スパートを仕掛けようとしたのは日体大
その反応をみて、スパートを仕掛けたのは青山学院大
足が上手く動かないが必死にくらいついていたのが 城西大
そして 後方から一気に追い抜いていったのが 国学院大

ここで勝負ありか、、、と思われたゴール手前120m
先頭にたった 国学院大 寺田選手が 中継車につられてコースを間違えてしまう。

集団トップから最後尾に、、、
国学院大陣地だけでなく 現地のファンもテレビ画面をみつめる者も 凍り付いた瞬間
しかし、最後は寺田選手の持ち味のスパートで なんとか一人選手を抜いて 国学院大に初シード権をもたらした。
”1年生の起用という懸け”が成功し、見事寺田選手のスパート力がものを言った最後だった。

ゴール手前で逆転されたのは 昨年初シードを獲得した城西大
シードまでには3秒届かなかった。

僅差のシード争いといえば、82回大会(2006年)を思い出す。
この時も城西大が 僅か10秒足りなかった。
9位東洋大の選手を必死に追うが 追い上げるには23km以上走って来た足が言うことを聞かなかった。
この時 ”一人一人があと1秒大切に走っていたら、、、”と語られたが、今回は更に僅差の3秒差

過去の記録をみると 
4秒差 69回大会(1993年)10位東洋大、11位日体大
7秒差 60回大会(1984年)10位専修大、11位中央大
という僅差の記録がある。

私自身 この頃の記憶となると心もとない。
というのも 52回大会(1972年)から採用された復路の上位チームの時差スタートだが、60回、69回大会にも現行と同じ(往路にトップ差10分以内が時差スタート)だったのか分からないからだ。

69回大会といえば、早大 櫛部選手(現城西大監督)が 1区区間新、渡辺選手(現早大監督)の箱根デビューで早大が優勝した時(この年以降早大は優勝から遠ざかっている)
また、順大エースの 本川選手が2区でブレーキ、往路戸塚中継所で繰上げスタートとなった年

60回大会でシードを失った中央大は 翌年シードに帰り咲き、以降連続シードの記録を伸ばしている

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