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2013年1月 8日

過去記事をひっくり返す

日体大に30年ぶりの優勝に 大きく貢献した 服部翔大主将

前年の箱根直後のミーティングで主将に任命され、苦労の多かった1年だと思う
当時まだ2年生
4年、3年と上級生がいる中で ミーティング直後の雰囲気はどうだったのだろう・・・とお節介にも 気にしてしまう。

TVで紹介される日体大のこの1年エピソードを見ると 春には 服部主将のやる気が空回りしてしまって 同級生の矢野選手に ”ひとりで頑張り過ぎ”と言葉を掛けられるシーンが何度も使われている。
これは 5月の関カレ 10000Mのこと
確かにこのレースは 服部選手が序盤に飛び出すも 失速したレースでした (過去記事

しかし この1週間後の 5000Mで 服部選手は3位
久々に 国立競技場に エッサッサが流れたのを思い出します (関連記事

エピソード的に 失敗レースの直ぐ後に結果が出たでは 盛り上がらないからか、箱根特番でこの点に触れることはないのですが・・・

ファンとしては 失敗レース後に切り替えて結果を出す 服部選手の凄さを再認識したレースでした。! 

このブログでは 10000Mは 東洋大 設楽兄弟、5000Mは 東海大の村澤・早川選手を中心に記事を書いていますが、 応援している 選手の一人ですから、服部選手についても やっぱりコメントしています。

その後 全日本駅伝予選会・箱根予選会・全日本駅伝(区間賞)での活躍は マスコミで紹介されているとおり

私たちは 埼玉栄高校時代の 服部選手の走りが好きで、機会があればレースを観に行っていたものです。
今回の日体大の優勝で うれしくて、思わず過去記事を読んで 懐かしさに浸ってしまいました(笑)

今回5区の姿を 柏原選手が ”覚悟を持って走っている”と表しましたが、 インタビューの受け答えを聞いていると 本当に 肝が据わっている感じがします。
高3の春・夏を故障で過ごした後の 復帰の日体大記録会の時も 同じような 芯の通ったオーラを感じたものです。

そのオーラに触れたくて この年は 都大路広島駅伝と足を運びましたっけ。

箱根では1年次にすでに 5区の噂もありましたが、体調か故障で3区に回った記憶があります。
2年次は 大迫選手を追いかけた1区でした。

日体大では もう一人、1区を走った 勝亦祐太選手も 中学生から楽しみにしていた選手です

西脇高校時代は 故障も多く なかなか 目立った結果がでなくて 記事を書けなかったのが残念でした。
予選会・全日本と 上々の大学での滑り出し
更に 花開くことを 応援しています。

陸上関係の過去記事にご興味ある方は こちらの カテゴリーへ どうぞ

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